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カーシェアリングとは? careco(カレコ)体験記

21世紀型のレンタカーの形であるところのカーシェアリングサービスを利用してみましたよ!

カーシェアリングサービスとは何か?

解説記事があったのでそのまま引用します。

カーシェアリングとは、1台の自動車を複数の会員が共同で利用する自動車の新しい利用形態です。 利用者は自ら自動車を所有せず、管理団体の会員となり、必要な時にその団体の自動車を借りるという、 会員制レンタカーのようなものです。

1987年にスイスの学生の間で始まり、2006年末現在ヨーロッパを中心に 世界18カ国、600都市で34万8千人が
11,700台の車輌を利用しています。

カーシェアリングとは

というわけでレンタカーといえばレンタカーなのです。ただこれまでのレンタカーとはサービス内容が大きく違うので、カーシェアリングというキーワードでコンセプトを打ち出している、ということだと思います。

でこのカーシェアリング、ネットを活用することにより便利な仕組みが構築され始めており、日本でも何社かサービスをスタートさせています。

ちなみにアメリカではZipcarという会社が有名です。まもなくIPOという話もあり、注目度抜群のビジネスになっております。

カーシェアリングの”Zipcar”がIPOに向けて準備中
techdollですね、いつもお世話になっております!


カーシェアリングサービスの特徴

個人的にこれはすごい!と思う特徴をあげてみます。

・店舗がなく、すべてネットとiPhoneでサービスが完結(ちょっと感動します)
・店舗がないので、普通の駐車場に車が止めてある
・30分単位で利用可能
・24時間利用可能
・サービス料金にガソリン代等が含まれている(満タンにしてうんぬん的なことがありません)

その他、細かい点は各社のサービスをご確認いただければと思いますが、
基本的にはいずれも上記のような感じだと思います。


今回は「カレコ」というサービスを使いました。

アメリカでIPOするくらい充実している事業なら日本でやらないわけにはいかないですよね!というわけで調べてみるといくつかあるのですが、今回は、

カレコ・カーシェアリングクラブ

にしてみました。

複数あるなかからカレコを選んだ理由としては、大学院で車のデザインの研究をしていたというほど車が好きな@fujiiyoにお薦めされたからという、いま風にいうと非常にソーシャルな理由です。


というわけで使ってみたよ!
(利用前にネットで手続きをしておきます。)

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ドライブの前はやっぱナチュローで買い込み

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レンタカーの未来を背負う車は、住宅街の小さな駐車場に止まっていた

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iPhone(3さま)で鍵を開ける様子。iPhoneを操作すると目の前の車のキーが開く!感想する!

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中に説明書が!

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車のキーの隠し場所が記されているっ!スパイ風!

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ガソリンスタンドのカードも入ってる!

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iPhone接続OK!


===
(そしてドライブへ)



(かえってきました)
===

DSC00253

3分前に帰還!なんとか終了!

手続きが終わったら、すぐにメールが飛んできました。


いいな、と思ったところ

・システムの完成度
運用上のシステムの使い勝手に関しては、かなり完成度が高い印象をうけました。
iPhoneアプリ上で利用終了手続きをすると直後に確認メールが飛んできたりと、丁寧なシステムになっています。

・大切に使いたくなる気持ち
レンタカーと違って次回も同じ車を使う可能性がかなり高いためか、なんとなくですが「あまり汚さないようにしよう」という気持ちになりました。そういう気持ちになったという事に驚きました。


迷った点

基本的に、短い時間にさっと使う、というコンセプトだと思うので長時間のると割高になるはず、というイメージがあります。
ただどのくらいの距離を走って何時間くらい借りた場合レンタカーより高くなるのか、という見分けをつけるのが難しかった(計算めんどい)です。

単純な料金としては、

・カーシェアリング:月額利用料+利用時間(数百円/30min)+距離(1数円/km)
・レンタカー:利用時間+ガソリン代

あとはサービス内容がかなり違うのでそこをどう評価するかというところでしょうか。

ちなみに今回についていうと、カーシェアリングありきの企画だったので損得関係なしにカーシェアリングでした。


ono家からみたcareco(カレコ)の残念

ono家は井の頭線永福町にあるのですが、そこから近いところがあまりないです。
今回はバスで20分くらい移動した新高円寺近辺で借りるという、若干残念な感じになりました。

お願いですから永福町に2台くらいおいて欲しいです。
この気持ち、いつか届いてほしい。
それをモチベーションにこのエントリーを書いているくらいです。


最後に

ここまで偉そうに書いてきましたが、今回のカレコ申し込みから予約、iPhoneでの操作すべて妻が行い、私は当日の写真とビデオ撮影に徹していた(そして途中でバッテリーが切れた)ことを記しておきます。

ホルモン人生最高のホルモンを食べた

昨日、いまお仕事をご一緒させていただいている皆さんと「おやじ」というホルモン焼き屋にいってきました。

twitterで知り、つぶやいたところ、

人生最高のホルモンだと、、。RT ホルモン会はここだなっ!RT @Sheen518 おやじin青一。@masatomatsuuraさんもよく来るだけに…人生最高のホルモン!激うま!やばい!()
http://twitpic.com/1t10o9 /via @Kotaroless than a minute ago via Twitterrific


一緒に行った方がそれを拾ってくれて、速攻で予約をしてくれ、次の日には目の前に噂のホルモンがあるという、なんとも幸せな時間を過ごしました。

噂ではおやじのおやじがすごく怖く、連れが5分遅刻しただけでもかなりおこられるみたいです。実際、ホールをしきるおかあさんもちゃきちゃき系で結構緊張気味だったのですが、それはすべて、おいしく肉を食べてほしいから!という事からきている!という気がしました。

あとメモです。

・とりあえず遅刻はしない。10分前とかについても普通に入れてくれます。
・ホルモン、刺しの注文は最初の1回のみ
・お酒、おつまみはあとからでもふつうに注文できる。
・何をたべてよいかよくわからない場合は、「おまかせでー」というといい感じに出してくれる。
・みせのお母さんがかなりしきってくれる(例「はいこっから10秒数えて!」「はい食べて!」)。
・その結果、自然と1枚1枚の肉と向き合うようになる。

なんというか、飲み会というより肉好き同士で真剣に肉を食べにいく、というのがあっている気がしました。3歳の頃からホルモンを食べていますが、今回は本当においしかったです!

1枚も写真を撮ってこなかったのですが、みんな大好き食べログにこれでもかというような写真が載っているのでぜひご確認ください。


おやじ

たまたま生きているからこそ

久しぶりの更新ですが、超プライベートな話題です。。
どうしても書きたかったので書いておきます。


昨日、Kaiyaの同級生の弟くんが突然亡くなってしまって、家族でお家に行って来ました。

両親は大切な彼を僕らに抱かせてくれ、亡くなるまで一生懸命生きようとしていた彼の事をいろいろ教えてくれました。心臓の病気でした。

ぼくは何もいう事も出来ませんでした。悲しみが深くて、何を話していいのか全く言葉がみつかりませんでした。僕らと同世代の両親が一生懸命してくれる話を聞いて、どうでもいいリアクションを2つ3つつぶやきながら、ただだっこしていました。

小さくて色白で、何かの拍子に起きるのではないかと見ていて思う程でした。ちょっと前まで、保育園の送り迎えの時にママに抱えられてる間から、ちらっとのぞかせていた顔です。

彼を抱っこした腕や胸に伝わってくる冷たさが、そんなことはないのだと現実を突きつけていました。


家を出てからようやく考え事をする事ができるようになりました。

自分の人生を振り返ってみると、幸いな事に、小さな時におばあちゃん、おじいちゃん、親戚のおじさんが亡くなった事くらいで、自分の近くにいる人の死と向き合う経験をあまりしないで生きてきました。

だからというかおかげさまでというか、たぶん生きる事死ぬ事に対して、あまり体感せずに、深く感じずに過ごしてきたのだと思います。そのせいで、ぼくは生まれてわずか3ヶ月の彼を抱っこしている時に、あまりの強烈な現実を受けとめきれず、押しつぶされそうになって、何も考えることができなくなっていたのだとわかりました。


自転車をこぎながら、考え事をするうちに、一つわかった事がありました。
それは、彼はたまたま死んでしまって、そしてぼくはたまたま生きているということです。

もちろん実際にはたまたま生きるなんて事はありえなくて、ぼくは僕の両親が苦労しながら働いて、(小さい頃はよく入院していたらしい)一生懸命育ててくれて、そのおかげで楽しい人生を過ごす事ができているわけだし、いまもLinaがおいしいご飯を作ってくれたりKaiyaがとびっきりの笑顔をみせてくれたりして元気に過ごさせてもらっています。

ただそういう話の前段階として、神様の判断なのか確率論なのかわかりませんが、彼が何をしたというわけではなく、たまたま、3ヶ月だけの心臓を持って生まれてしまった、そして、ぼくは同様にたまたま、生まれたときに元気な心臓をもらった。

たまたまじゃないか。
そうか、ぼくはありがたいことに、たまたま生きていることができているのか、そういうことを強烈に認識しました。

そして続けて思いました。

いや、たまたま生きているからこそ、だ。

たまたま生きているからこそ、生きている間はこの命を完全に燃やさなければならないのではないか。もらった命をもっともっと、一日一日、全力で燃やして生きなければならないのではないか。

孫さんのスピーチを見て感動している場合ではない!
他人の人生の5大勝負を聞いて感銘を受けている場合ではない!

自分の命を燃やさないと。

自分の命を精一杯燃やして、いま一緒に仕事をしている人達の、自分のサービスを使ってくれている人達の、ひとりでも多くの人の役に立てる、幸せにつながる仕事をしたい。

自分の命を全部燃やしきって、死ぬ時、子供たちに向かって、「どうだまいったか、とおちゃんたちの世代でここまでやったぞ」と言えるような世界を作りたい。

もっと命をがんがん燃やして!

大好きな人にはありったけの愛を、見境なく注ごう!

いつか死んで、神様が僕に向かって「はい、君の人生の正解は、○○年でしたー」と言ったときに
「えーちょっと待ってよはやくね?!」って後悔の念を叫ばないように!


そんな事を思いました。


すいません感情のまま書きなぐりました。

昨日の事をまだ完全に消化出来ているわけではないのですが、普段ぼけーっと生きている32歳が、3ヶ月の少年のおかげで、生きているという事を自覚し、目覚ますことが出来た。そんな一日だったことを記しておきたかった。だから書きました。

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